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コラムcolumn

お金の不安を煽る?金融庁報告書

大谷聡のコラム

人生100年時代「老後に2,000万円不足する」とした金融庁の報告書が問題になっています。
報告書は6月3日に発表されましたが、発表後徐々に波紋が広がっていきます。

そして「2,000万円不足」を巡って国会では与野党で論戦となり、麻生金融相は「正式な報告書としては受け取らない」と言い出す事態となりました。その理由は「世間に著しく不安や誤解を与えている」ということです。それがまた野党の追及の的となっています。

いったい何が問題なのでしょうか。

●年金は鬼門

「老後30年2,000万円不足」との報告書の記載がここまで大きくなったのは、年金問題に発展してしまったからなのです。このあたりは、立憲民主党の蓮舫参院幹事長の「国民が怒っているのは100年安心が嘘だったということだ」との発言によく表れています。

消えた年金問題を覚えている方もいらっしゃるかと思います。消えた年金問題とは、平成19年(2007年)の通常国会において社会保険庁の年金記録がずさんなことが明らかとなり、国民から猛烈な批判を受けたできごとです。年金記録が消えてしまうと、受取年金額が本来受け取れた金額より少なくなるので「消えた年金問題」といわれて世間を騒がせました。

これは第1次安倍政権下のできごとであり、その後の参議院議員選挙で与野党の逆転を、さらには平成21年(2009年)政権交代を招いたとされています。公的年金は自民党にとって鬼門なのです。

自民党としては夏の参議院議員選挙の争点となることは避けたいところです。そこで早期の幕引きを図ろうとしますが、野党は追及の手を緩めません。しかし、野党とて年金問題の解決策があるわけでもなく、議論は深まらぬまま推移しています。

●不都合な真実

老後30年では2,000万円不足するというのは単なる算数です。報告書によれば、夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯(高齢夫婦無職世帯)の実収入平均は月209,198円、実支出平均は月263,718円です。ちなみにこの資料を作ったのは厚生労働省です。

その差額は54,520円、約5.5万円です。30年ですから、5.5万円✕12ヶ月✕30年=1,980万円≒2,000万円不足するという計算です。

この資料の上には「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円となっている。この毎月の赤字額は自身の保有する金融資産より補填することとなる」と書かれています。そして、後のページで、問題となった「収入と支出の差額である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取り崩しが必要になる」との記載が出てきます。

麻生金融相が「あたかも赤字になるような表現は不適切だった」と釈明し、安倍総理も「不正確であり誤解を与えるものだった」と答弁、金融庁は報告書の事実上の撤回を余儀なくされました。しかし、公的年金だけでは老後生活に不足するという「不都合な真実」は消えることはないのです。

●意図とは異なる方向に

「貯蓄から投資へ」という言葉を聞いたこともある方もいらっしゃるかと思います。個人の金融資産の半分以上が預金となっていますが、これを株式や投資信託に振り向けようということです。これはほとんど金融庁の「悲願」と言ってもよいでしょう。

確かにこの「超」がつく低金利の時代、預金だけでは資産形成はもちろん、資産維持すら容易でないでしょう。報告書では、現役期であればリスク資産に対する長期・積立・分散投資による資産形成、リタイア期前後であれば保有金融資産や退職金を踏まえた資産管理の重要性を指摘しています。金融庁がこの報告書を作成した意図はここにあるのです。

しかしながら「世間に著しく不安や誤解を与えている」ということで、報告書は闇に葬られようとしています。意図とは異なる方向に議論が行ってしまい、金融庁はさぞかし無念だったことでしょう。

●平均で議論したのは?

結論からいえば、老後の不足資金を平均値から提示したのは失敗だった、というか痛恨のミスだったといえるでしょう。

あまりよく知られていませんが、高齢夫婦無職世帯の実収入・実支出を示した先の厚生労働省資料には、当該世帯の平均純貯蓄額が出ています。その金額は2,484万円です。平均による議論を徹底するなら「高齢夫婦無職世帯では、老後30年で平均2,000万円不足するが、平均貯蓄額が2,484万円あるので備えはできている」という結論になるはずです。しかしそれでは議論にならないし、ミスリーディングですらある。金融庁はそう考えたことでしょう。

平均で議論する限界と危険性を知りながら、老後の不足額について平均値をもとに提示したのでは「乱暴な試算」「雑な議論」と言われても仕方ありません。そのツケは大きかった。「数字の独り歩き」の怖さでもあります。

●報告書から学ぶことは

金融庁もさすがにこのあたりの問題は認識しており、不足額は総額で1,300 万円~2,000 万円との(問題の)記載の後に「この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる」とあります。

そのまた後では「これまでの標準的なライフプランというものは多くの者にとって今後はほとんどあてはまらないかもしれない。今後は自らがどのようなライフプランを想定するのか、そのライフプランに伴う収支や資産はどの程度になるのか、個々人は自分自身の状況を『見える化』した上で対応を考えていく必要があるといえる」とも。

平均や標準で議論できる時代は終わっている、自分でライフプランを考えて対策を講じなさい、自助努力しなさいということです。やや上から目線的なのが気になりますが、ご指摘としては「ごもっとも」と言わざるをえないでしょう。

●一般的な反応は

世の中には自助努力もままならない人たちがいる。自助努力と言われても不安になるばかりである。報告書はそういう人たちへの配慮を欠いている。そういう意見もあります。それもその通りでしょう。ここはそれこそ政府の出番です。実際、動きも見られます。

一般的には「老後生活は公的年金だけでは足りないのではないかと思っていたがやはりそうだった」という反応が多いようです。不足額については「2,000万円はいい線」「2,000万円でも足りないのでは」「2,000万円準備せよと言われても」など、ここはまちまちです。

人生100年時代、老後は公的年金だけでは不足するので何らかの自助努力が必要である、という「不都合な真実」は認識されつつあるようです。

●ではどうすれば?

「働き方も柔軟化し、終身雇用や年功序列といったこれまでの雇用慣行も変わりつつある。かつて『一億総中流』と呼ばれた日本社会であったが、前述のとおり、保有資産や所得等の状況はバラつきが見られるようになってきている。」報告書の一節です。

自分のことは自分しかわからないから自分の人生は自分で設計し対応する必要がある。ではどうすればよいか。これについて考えていきたいと思います。

2020/03/09